ご挨拶

創立50周年に寄せて

この度大分大学医学部が創立50周年を迎えることとなり、大変嬉しく感じています。これまで御支援頂きました皆様に心より感謝申し上げます。
大分大学医学部の前身である大分医科大学は1976年10月に開学し、医学科に加え1994年4月には看護学科の設置、2023年4月には先進医療科学科の設置など、現在では3学科を備える学部となり、これまで医師4,112人、看護師1,825名、医学博士1,141名を輩出し、大分県内唯一の医育機関として、また附属病院は県内唯一の特定機能病院としての役割を果たし、地域医療に貢献してきました。
創立50周年記念事業のキャッチテーマは公募により、「学べ 医の知 延ばせ 未来へ」といたしました。また記念ロゴは附属病院から見える由布岳と鶴見岳をモチーフとして作成いたしました。

創立50周年事業として、2026年10月11日には創立50周年記念式典、記念シンポジウムおよび記念祝賀会を開催予定です。創立50周年事業を次の50年に繋げるための事業となるべく、皆様方のご指導・ご支援を賜りたいと存じます。

何卒よろしくお願いいたします。

大分大学医学部長
創立50周年事業実行委員長
猪股 雅史

開学当時の思い出とともにご挨拶

 大分大学医学部創設50周年誠におめでとうございます。
50周年を記念して本ホームページが開設され、皆様からご覧いただけますことに心から感謝申し上げます。
私は大分大学医学部医学科同窓会 玉樹会(ギョクジュカイ)第7代目会長を拝命しております髙倉 健(タカクラ タケシ)と申します。大分医科大学の第1期生です。国の一県一医科大学構想に基づき1974年8月1日大分大学内に国立医学教育機関創設準備室が設置され1976年10月1日大学開設の許可がおりて大分医科大学は開学し建設工事に着工し、学生受け入れの準備がなされ1978年4月12日に第1回入学式が挙行されました。
大分医科大学は大分市と挾間町との境に位置する海抜100mほどの野田山台地に建設されました。建設開始当時は何もない小高い丘で旧石器時代のナイフ型石器や縄文土器が出土して下黒野遺跡と称されていましたが、大学ができることになりそこは大分郡挾間町医大ケ丘一丁目と命名されました。第1期生の入学当時構内の建物は管理棟の一部と校舎講義棟だけで周りには今のような住宅や店舗はなく山だらけで大分市賀来の方から大学に上がってくる坂道は舗装されておらずデコボコ道でした。通称医大道路ができるまでは運転免許取得後間もない学生たちが自動車学校のクランクのような田んぼのあぜ道を脱輪しないようにハラハラドキドキで運転して通学したものでした。その後急速に工事が進み体育館・ 学生職員食堂・基礎研究棟・図書館・附属病院などが立ち上がりました。
附属病院の開院は1981年10月で当初は321床からのスタートでした。患者さんやご家族の方々が病院に訪れるためにバスの本数が各段に増えました。また周辺の宅地開発が進み職員官舎用アパートやサニータウン学園台と呼ばれる400戸以上の分譲住宅地が造成され大学の真向かいにはスーパーマーケットもできました。舗装された医大道路に沿ってたくさんのお店やアパートが立ち上がりました。そして1984年3月第1期生の卒業式が挙行され、5月に国家試験の合格発表があり大分医科大学を卒業した医師が誕生しました。2025年3月で第1期生は全員が65歳以上となり高齢者の仲間入りとなりました。これまでに4000人以上の卒業生(医師)を輩出して大分県内はもとより全国各地で活躍してくれていることを大変うれしく思います。また医学科の他に1994年に看護学科が開設し看護師の養成が始まり、2003年10月に大分大学と統合し大分大学医学部になり、2023年に先進医療科学科が開設して臨床検査技師と臨床工学技士の養成がなされるようになりチーム医療体制の充実に貢献できるように人材育成がなされています。今後も大分大学医学部が益々発展していくことを心から願っております。
今回、50周年を記念して2026年10月11日(日)に開催されます記念式典をメインイベントとして、記念誌の発行、市民公開講座開催、大学構内の整備、記念ロゴマークをあしらえたグッズの販売など様々な企画が予定されています。是非このホームページを参考に開学50周年を一緒に盛り上げて楽しんでいただければ幸いです。皆様からのご支援ご協力の程、何卒よろしくお願い申し上げます。

大分大学医学部医学科同窓会
玉樹会会長
高倉 健